大判例

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大阪高等裁判所 昭和26年(ネ)1126号 判決

控訴代理人は主文同旨の判決を求め被控訴代理人は本件控訴を棄却する控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述証拠の提出援用認否は控訴代理人に於て「本件家屋は控訴人の夫泰一郎に於て昭和十七年頃被控訴人の前主から賃借し、被控訴人が所有権を取得するに及び被控訴人との間に賃貸借契約が承継されたものであるが、夫泰一郎が昭和二十二年一月二十日死亡した為長男義高に於て相続により賃借人たる地位を承継したものである。従て賃料の催告や契約解除の意思表示は同人に対してしなければその効力はない。仮に然らずとするも被控訴人の解除権行使は権利の濫用であると陳述した。

<立証省略>

三、理  由

控訴人が被控訴人からその主張の家屋を賃料一ケ月金百八十円の約定で賃借していることは控訴人が原審において自白しているところである。尤も控訴人は当審に於て前記の如くこれと聊異つた趣旨の主張をしているのであるが、被控訴人に於ては控訴人の自白の取消には異議を述ぶるところであるし、控訴本人の右主張に副う陳述は被控訴本人の陳述と対照上信用し難く、その他右自白が錯誤に基くもので真実に合致しないものであることは之を認むるに足るだけの証拠がないから、右自白はその効力を失はないものと云ふべきである。

控訴人が昭和二十五年八月一日からの賃料の支払を怠り、これが為に被控訴人から昭和二十五年十月二十五日附同月三十日着の書面で同年八月及九月分の賃料を書面到達の日から三日内に支払うよう催告を受け、その支払をしないので、同年十一月十五日附翌十六日着の書面で賃貸借契約解除の意思表示を受けたことはこれ又控訴人の認めて争わないところである。

故に右契約解除が適法有効のものであるかどうかを考察する。

原審並当審での証人辻善子当審での当事者双方本人訊問の結果を綜合してみると、

被控訴人は控訴人が昭和二十五年八月分と九月分の賃料の支払を怠つたので、弁護士黒田常助に依頼して控訴人に対し前記の如き催告状を出して貰つた、控訴人の方ではその催告期間を過ぐること数日の後催告を受けた延滞賃料額を携え被控訴人方を訪ねその受領を頼んだ、ところが被控訴人の方では催告期間経過後のことであるし、弁護士に依頼してあるから受取るかどうかの返事は黒田弁護士に相談の上でするとのことであつたので、その後三、四日して再び被控訴人方を訪ひ諾否をたしかめたところ、被控訴人の方では弁護士に相談したが賃料を受取つてはならないとのことであつたと云うて之が受領を拒んだ。そこで控訴人はその翌日早速黒田弁護士を訪問し、右賃料受領方を重ねて頼んだが同弁護士もその受領を拒絶したことが認められ、之を覆すべき資料はない。

思うに、民法第五百四十一条の規定が借地関係、借家関係、小作関係など賃借人の保護を特別に厚くしているような場合にも、その適用あることは理論上否定できないけれどもその適用があまりに形式に堕してはこれらの関係を特に保護しようとする立法の体系は崩れる虞がある。それでかような場合には債権関係を支配する信義則に照しその関係を継続して行くことができないと認められる程度の履行遅滞を要件とし、かかる程度の遅滞ある場合に限り、同条の適用あるものと解すべきである。軽微な賃料の滞納を理由にたやすく同条を適用して契約解除を許すべきものではない。小作関係に於て賃借人に信義に反した行為があつた場合に知事の許可を得て契約解除が許される(農地法第二十条)という重い要件を定めているが、この趣旨は借地関係借家関係にもそのまま推及せらるべきであろう。

今これを本件に見るに、前段認定の如く控訴人の遅滞したと云れる賃料は二ケ月分であつて当時の経済事情に照し額もさして多いとは云えない。殊に控訴人は催告期間経過後ではあつたが数日の内には被控訴人方や代理弁護士方へ延滞賃料を持参してこれが受領を懇請し履行の誠意を示しているのであるから、控訴人側に契約解除の前提要件である借家関係を継続することのできない程度の履行遅滞あつたものと云うことは到底できない。従て前記法条を適用し得る限りではない。

今仮にこの点につき一歩を譲るとしても家賃というものの性質上、数日の遅延あつたからというて債務の本旨を違うものとも考えられないし、本件に於ては之を受領することができない。或は困難であるという特段の事情の認むべきものは何もないのであるから、若し被控訴人に他意なく信義に基き事を処せんとするならば、控訴人が提供した賃料は当然之を受領すべきであつて、斯くすることが賃貸借という継続的債権関係に於て最も重視すべき信義誠実の原則に副うものと云うべきである。しかるに被控訴人は曩に認定したとおり催告期間継過後の提供だとして右賃料の受領を拒み、続いてその不履行を理由に契約解除の措置に出たのである。畢竟数日の遅延を奇貨とし借家関係終了の効果を狙うものであつて当然遵守すべき信義に背き解除権を濫用するものと断ぜざるを得ない。

以上何れの点からするも被控訴人のなした本件賃貸借契約の解除はその効なく、従つて他の点に付判断するまでもなく、解除を理由とする明渡並解除後明渡に至るまでの賃料相当の損害金の支払を求むる被控訴人の本訴請求は之を容れるに由がない。

然らば原判決は不当で之を取消し、被控訴人の請求を棄却すべきものとし訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条、第九十六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 朝山二郎 西村初三 藤田彌太郎)

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